「そんなの、誰も声かけないに決まってるだろ」
洋介が、小馬鹿にしたように言う。
「そんな事ないでしょ。熟女好きもいるんじゃないの?」
妻の千里は、怒った様子もなく答えた。二人は、テレビのニュースを見ていた。その中で、いわゆる立ちんぼが問題になっているという特集を見ている。そこで、ふと千里が、私が立ってもすぐに声かけられるのかな? と言い始めた。それは、別に自分が美しいからすぐに声をかけられるという意味ではなく、お客さんがそんなに多いのかな? と言う疑問からの発言だった。
夫の洋介は、20代や10代の立ちんぼがいるところに、34歳の千里がいても声なんてかからない……そんな意味で発言した。少しボタンが掛け違っているが、そのまま会話は続く。
「10代の女の子もいるんだから、そっちに行くでしょ。普通は」
洋介は、からかうように言う。ただ、千里の事を下げるつもりはなく、あくまで冗談というか、からかうようなニュアンスだ。二人は、とても仲が良い。交際時期も含めると、すでに16年の付き合いだ。洋介も、悪気はなくそんなことを言っている。
ただ、千里は少しムキになっているようで、
「じゃあ、立ってみる。30分以内に声かかったら、あのバッグ買って貰うからね」
と、言った。あのバッグというのは、最近千里が買おうか迷っているバッグだ。と言っても、3万程度の高級品とは言えないレンジの商品だ。先日、息子も含めて3人で買い物に行った時、迷いに迷って、結局買わなかった経緯がある。
「良いよ。絶対にないから」
洋介は、からかうように笑う。でも、からかいながらも、千里がムキになっている姿が本当に可愛いと思っている。
洋介と千里は、結婚して10年近く経った。同じ大学で出会い、友人を介して知り合って交際を始めた。ひとつ上の洋介が、いつも千里をリードしているような関係だ。二人とも、ルックスが良いので美男美女と言われる事が多い。
洋介は、多少肉は付いてきているが、まだまだイケメンと言われる事が多い。千里は、34歳の年齢を感じさせない、透明感のある美女だ。最近は、子育てが忙しくてメイクも服装も雑になりがちだが、それでも充分すぎるほど美しい見た目をしている。
洋介は、千里が本気でするとは思っていない。あくまで、日常の会話の中の、ちょっとしたノリのような物だと思っていた。ただ、千里は本気だった。
「本当にするの? なんか、怖いんじゃない?」
洋介は、千里が新宿に行くといだした事に、動揺している。今日は、息子の淳也は実家に遊びに行っていて、帰ってこない。明日帰ってくるスケジュールだ。千里は、最近にはないくらいに、念入りにメイクをして髪型を整えている。服装も、むかし着ていたミニスカートを引っ張り出してきた。
洋介は、かなり動揺している。今日の千里は、どう見ても美しい。と言うよりも、昔に戻ったみたいに可愛らしさが強調されている。ミニスカートから突き出た脚……以前よりは肉付きが良くなっているが、美脚としか言えないスタイルだ。
洋介は、あらためて千里の美しさを思い出している。そして、不安を感じている。この千里が立っていたら、声をかけられるに決まっている……そんな風に思っている。でも、子供っぽいところのある洋介は、引っ込みが付かなくなっている。プライドが高いわけではないが、意地になりやすい性格だ。
「じゃあ、行こっか。なんか、落ち着かないな……久しぶりにこんな短いの穿いた」
千里は、ミニスカートの丈が気になるようだ。もう、何年も穿いていなかったミニスカート……まだ穿けた事に、自分自身も驚いているようだ。34歳の女性が穿くには、確かに短すぎるかもしれない。ただ、肌も抜けるように白くてシミもないので、34歳には見えない。そのまま大学に行けば、さほど違和感はないかもしれないような若々しさだ。
洋介は、あっさりと間違いを認めてカバンを買いに行こうと言えば良いと思っている。思っているのに、どうしてもそれが言えない。意地になっている部分もあるが、彼の好奇心が刺激されている事もあるようだ。
実際に、声をかけられるのだろうか? どんな風に声をかけられるのだろう? そんな好奇心を感じている。そして、二人は家を出た。
「可愛い?」
千里は、洋介の顔を**込むように見ながら聞く。洋介は、黙ってうなずいた。可愛いと思っているが、照れ臭くて口に出来ない……そんな態度だ。千里は、そんな洋介の手を握り、嬉しそうに歩いていく。久しぶりに手を繋いで歩き、本当に幸せそうで楽しそうだ。洋介も、照れ臭そうにはしているが、やっぱり嬉しそうだ。
洋介は、このままデートでもした方が良いのではないか? 買い物をして、美味しい食事でもしたら楽しいのではないか? そんな風に思っている。でも、それを口に出来ないのが彼の性格だ。
そして、デートのように手を繋いで歩きながら、駅に着いた。週末金曜日の夕方、人通りは多い。ほぼ満員の電車に揺られながら、新宿に到着した。歩くのも大変なくらいに、混み合った駅構内……人混みを縫うように歩きながら、大久保公園を目指す。
洋介は、公園に近づくにつれ、無口になっていく。逆に、千里は饒舌になっている。
「なんか、雰囲気変わったね。歩いてる人も、駅とは全然違うね。こっちの方、初めて来たかも」
千里は、思いついた事を全部口に出しているみたいな態度だ。洋介は、もうやめた方が良いと思いながらも、なにも言い出せない。すでに好奇心は消えていて、緊張で喉がカラカラだ。
「どうする? やめる? 負けを認めたら、やめても良いよ」
千里は、少し挑発的だ。でも、やっぱり洋介はなにも言えない。意地になっている。千里は、それをわかっていて、色々話しかけているようだ。ムキになっている洋介の事を、可愛いと思っているのかもしれない。
「こんなにいるんだね……10……20人位いない?」
到着して、異様な光景に驚く千里。ほぼ等間隔で女性達が立っている。服装はまちまちで、ミニスカートもいれば、清楚系の可愛い服もいる。ただ、一様に年齢層は若い。パッと見た印象では、女子大生が並んでいる……そんな感じだ。
スマホをいじりながら、ただ立っている女性達。男性が、色々話しかけている。そして、そのまま二人で移動を開始するペアもあるが、声をかけていた男性が、首を振りながら立ち去る光景も多い。
「なんだろう? 金額があわなかったのかな?」
千里は、意外にペアが成立しない事に驚いているようだ。
「ほら、若い子ばっかりじゃん。千里じゃ、歳行きすぎててダメでしょ」
洋介は、少し強気が戻ってきている。千里が怯んでいるのを見て、そんな態度になったのだと思う。
「うん……若い子ばっかだね。それに、どこに立ったらいいのかわかんないね」
千里は、弱気な顔を見せる。洋介は、
「やめておけば? 千里じゃ無理だよ。恥かくだけだって。なんか食べに行こう」
と、謎の上から目線で言う。せっかくやめさせる事が出来そうだったのに、台無しだ。
「行く。ちょっと待ってて。30分以内だったよね?」
千里は、ムキになった顔だ。そして、慌てる洋介を無視して、女性達が立っている方に歩き始めた。洋介は、止めようとした。でも、自分がなぜか勃起している事に気がつき、慌てて股間を隠す。千里は、緊張しながらも歩いていく。お互いに、ムキになりやすい性格だ。千里は、ペアが成立して女性が立ち去ったばかりの隙間に、ドキドキしながら立った。
意外に、左右の女性は千里に関心を持たない。チラッと見ただけで、スマホをいじっている。千里は、なにか言われるかと緊張していただけに、少し拍子抜けしたような顔になっている。
すると、ものの2分も経たないうちに、千里に声がかかった。
「どこまで出来るの? 生なら2で」
50歳くらいの、身なりの良い男性だ。見た目も悪くない。そんな男性に、声をかけられた事に動揺する千里。思っていたのとは、違うと思っているようだ。千里は、焦りながら出来ないですと答える。
「じゃあ、いいや」
男性は、そう言ってさっさと立ち去る。そして、少し離れたところの女性に話しかけた。その女性も、ミニスカートの女性だ。男性は、舐め回すように太ももを見ながら話をしている。
千里は、自分もそんな風に見られていたのかな? と、今さらドキドキし始めた。そんな様子を見ている洋介は、不安そうな顔をしている。離れた位置から見ていたので、さっきの男性が千里の太ももを舐め回すように見ていたのを把握している。
自分の妻が、性的な目で見られた……その事実に、強い不安を感じている。それなのに、なぜか勃起が止まらない……洋介は、車の進入を止める柵のようなところに腰を下ろし、股間が目立たないようにしている状態だ。
すでに、声をかけられた。もう、ミッションとしては達成だ。それなのに、千里はまだ立っている。洋介は、千里を呼び戻す事もせず、ただ座っている状態だ。色々な事が頭をよぎり、少しパニックになっている。
すると、すぐに次の男性から声がかかった。
「可愛いね。おねえさんなら2で良いよ。ゴムなしなら3でもいい」